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春香 40歳元ヘルス、デートクラブ その3

ある日のサイトには、二次の母親である彼女のこんな言葉が並んだ。

「毎日の生活をなんとかやっていくことは、質素にしようとすればできないでもない。当時、まだ体の具合がよくなかったんで、朝から晩までフルタイムでパートするなんてことはできないって思っていたんですけど。それでもまぁ、出来る範囲でやれば、些細なお金ぐらいは稼げる。それで暮らしていくのもいいかもしれない。でも、それじゃあ、私たちの老後の生活保障もない、子供たちが学齢に達して、大学に行く時、自由な選択肢を与えたり、甘やかしてやることもできないですよ」

春香 田舎にしては、母が働いて父も実家を手伝って、というととても今風な家庭でした。子供にきちんとした教育をさせて、クラシック音楽とか趣味いいものが家中にあって、ブランド物とか、母も結構知ってた。貧乏はは貧乏でしたよ。ちっちゃな家に住んでいたんですけど、暮らしをキチンと、質のいいものにしたい、というのが母の憧れでした。未だにそうですけどね。

ざえもん 春香さんは両親から、一目置かれる存在だったんだね。

春香 多分、私、すごく頭のいい子だったと思うんです。あと、泣き虫だったから、遠ざけられたり、いじめられたり。本をよく読む、友達の少ない子供でした。中学は、家から片道二時間の広島市の私立に通って。そこでも一目置かれてた。きっと勉強の要領がすごくよかったんでしょうね。疎ましく思うクラスの子もいたけど、みんなから「勉強の出来る子」って思われて。

ざえもん サラブレットな子供だったんだね。

春香 だけど、高校に入学して間もなく、両親の勤めていた会社が倒産、家庭内がギクシャクし始めた。私のことを思い、愛情込めて叱っていた父は、会社のゴタゴタからか、感情のままに怒鳴り散らすようになった。母はそんな会社の後始末に駆けずり回り、私の事を以前のようにはかまえなくなった。

ざえもん 高校生活はどんな感だったの?

春香 私、小学生だったんですよ。学年で一番というか、成績がよくて品行方正とかだと奨学金がもらえるので。その頃は、その奨学生の路線から外れたくなくて、勉強だけは頑張ってきました。でも結構面白い。親に隠れてやることを覚えたの。学校の帰りに、いろんなお店に立ち寄ったり、ケーキとか食べたり。小さなことだけど、当時の私にしては大胆な行動だったな。

 

春香 40歳元ヘルス、デートクラブ その2

ざえもん 医者であることは公表したの?

春香 風俗嬢は普通の人じゃないっていう見方をしたがる。そこに、「あっ、やっぱりこの人はこういう過去があって、こういう変な人だからなったんだ」って思い込みがあると思うんです。ホントは医者だってことはカミングアウトしないでおきたかった。医者ってのもどこか問題じゃない、みたいなところがあってね。あははー。

ざえもん 僕にはHPで医者であることを秘密にした理由もなんとなく分かるよ。本当は、特に風俗嬢への偏見について、春香さんはそうではない普通の部分もあるんだとアピールしているように感じる。

春香 お客さん(サイトを読んだり、書き込みする人たち)にね、最初は「どっちも自分には関係ない世界で起こっていることが(私のHPに)書いてある」っていう風に、思ってもらいたくなかった。だから素性を隠してたんですけど。ちょっと医学的な事を私が書いたことに対して、ある人が「専門家でもないのにわかったようなことを書くな」と、バカにした調子で書いてきたの。それで、それからしばらくして、医者だとカミングアウトしました。それをウリにはしたくなかったし。ずーっと、誰にも言わなかったし、風俗のお客さんにも、自分が医者をしてるとはいってなかった。

ざえもん 誰だって何らかの過去を背負っているものですからね。仕方ないですよね。

春香 そうなんですよ。ホントに。私も、初めは隠して隠してかいたんだけど、イヤんなってきましたね。それで結局、子どもの頃からの細かい話を書く事にしたんです。できるだけ洗いざらい。ただ、読んだり書き込んだりする人はあんまり多くないから、目立たないだけで。嫌がらせは殆どなかったし。でも、もし知り合いが読んだら一発で私のだとわかりますよ。わりと特殊な学校を出たし、特殊な境遇だったから。見る人が見たら、「なんだ、こんなことやってるのか、お前は?」って言われますよ、きっと。まあ二年前にHPを閉鎖するまで、幼馴染や友達、同僚の先生(医者)に見つかったことはなかったですけど(笑)。

春香 40歳元ヘルス、デートクラブ その1

自分が医者をしてるとは言ってなかった。お客さんにも、誰にも


haruka1春香 行きつけのお店でよければ、そこで話しません?そこの料理イチ押しなんですよ。

僕がこの本の取材を電話で依頼して、話を聞く場所を指定してもらいたいと言うと、春香(四十歳)さんはさりげなく答えた。優しく、深みのある声だ。二十歳の時、春香はピンクサロンで二日だけ働いた。二十八歳で結婚。すぐに長女が生まれ、産休明けに病院勤務に戻ったという。次女が生まれてまもなくの三十二歳の時、ファッションヘルスの門をクグッタ。本番無しの店に四ヶ月、ありの店に二ヶ月。旦那にバレて辞めたが、その後も二年ほど前までデートクラブで稼ぎ、生活費や子供の教育につぎこんでいた。そんな彼女がHPを始めたのは、ヘルスを始めて少し経った頃だった。

春香 もともと、ずっと風俗に興味があってね。他の人が運営している風俗系HPを覗いた時に、なんか温かい感じがしたんですね。うん、弱虫が肩寄せあっている感じかもしれないですけど(笑)。そこで「○○ちゃん可愛い」とか、「△△ちゃん、大事、大事」って、お客さんがお気に入りの風俗嬢へのメッセージがあって、感じがいいなと思って。

ざえもん そのサイトは女性でも参加できるんだね。もちろん中には風俗嬢自身も。

春香 そうなんです。基本は匿名で書き込めるので以前、「□□、三十二歳です。昼はシステムエンジニア、夜はヘルス嬢をやってます。よろしく!」って言うとすぐに反応がありました。

ざえもん スーツ姿でコンピューターにむかう姿と、夜のホテル街を客と寄り添って歩く姿のギャップに関心を持ったんだね。

春香 複数の男女の常連さんたちが、「はーい、新しいお仲間が増えたよ!」って迎えてくれたんですよ。その仲間に入れてもらえたのが嬉しかった。すいう風に、わいわい気楽に騒ぐ友達ってものに、私はそれまで縁がなかったので、。「あぁ、ここで、こういう風に居場所を持って、自分のやってきたことや、何気ないことや、何気ないことを書いていけば、誰かが呼んで反応してくれる。そういう仲間がここにならいるかな」っていうのがあって。それで自分のを始めたんです。ただ、八年前、ヘルスに勤めていた頃、パソコンの履歴を削除し忘れ、旦那にHPのことがバレました。

ざえもん そりゃ旦那さん、怒ったでしょ。

春香 一旦はやめて、それでパソコンのセキュリティを厳重にして、再開したの。こうなったら、ぜーんぶかいてやるぞーって(笑)。しばらく鬱々としていて、ヘルスも旦那に知られるかもしれないと思って、辞めたんです。デートクラブやってた時もHPは続けてて、今の医者の仕事を始めてからも、サイト更新は続けていましたよ。生活の一部になっていたから。